1990年、学者も世間も"マルチメディアブーム"インターネットが社会を変えるとパソコンやネットインフラが注目される。 1997年、ブックビルディング制度(BB)導入。初めて日本証券業協会からIPOを公平に配分するようお達しがでる。 1998年、一般投資家にも裾野を広げるよう(流動性向上目的) 初期投資額が100〜50万円のお手ごろ価格に下がっていく。 NTTドコモが世界最大のIPO (2006年、中国工商銀行に抜かれる) 1999年、世界市場はITブームで熱狂。(まだ、IPOは数千万単位の現金が必要で参加者は限られた) IRI(インターネット総合研究所)は公募1000万円。初値5000万円。7000万円まで高騰。以降、ネット関連のIPO人気は不動のものに。 反対に公募割れの場合、損失額は数千万円単位に。 2000年、この頃からIPOは濡れ手に粟と注目される。初期投資額も20万程度と低いものも出現し、参加容易に。 ただし、ネット取引はまだ主流ではなく窓口での一部お得意様への配分や損失補填としての不公平配分が一般的。 2005年、新内閣誕生、「小泉構造改革」の期待から市場全体が盛り上がりIPOも増加。 IPO上場日の膨大なデイトレ取引(日ばかり取引)に耐えられず大証のシステムがダウンするほど熱狂。 東証の脆弱システムでIPO初日は約定通知に数分も遅延するほど。大手ネット証券のシステムダウンも相次ぐ。 この頃がIPOバブル期。公募から倍以上は当たり前。公募から7倍以上まで出現。 人気のネット株が一単元当選すれば、上場前に500万程度の利益が確約されていたような絶頂期。 個人・家族名義で複数当選すれば1銘柄1千万円超えは当たり前。(のちに問題視されるが、規制や罰則は未だない) 2006年、サブプライムローン問題発生。世界の市場はここから一気に下降トレンドへ。 日本も相場低迷。IPO初値騰落率大幅低下。IPOバブル崩壊。公募割れ続出。 2007年、IPOの不公正・不透明な配分に個人投資家の不満(僻み)が爆発。 11月には日本証券業協会の各社配分方針について明確に公開せよというお達しが再度出る。IPO上場ペースが鈍る。 2008年、リーマンショックによる世界同時不況。日本市場も大打撃IPO激減。 さらに新興市場の不正行為横行から規制や監査が厳格化(日本版SOX法導入)。 2009年、世界金融パニックも収まらず昨年に続く公募割れ・延期・中止が相次ぎ過去最低のIPO数。 2010年、東証が次世代売買システム(arrowhead)により高速化。 やっと先進国と肩を並べるがIPOの出来高激減、参加者不在で閑古鳥が鳴く。 新たな金融パニックに加え、FOIの不祥事(上場廃止最短記録)によりさらにIPOの信頼は失墜。 目論見書虚偽記載、インサイダー、粉飾など不正は止まらず上場審査はさらに厳格化。一部のIPOは海外市場に逃避。 2011年、大震災と国家レベルの金融危機再発で世界市場混迷。異常な円高も重なり相場回復は絶望的。IPOも激減。 ※ただし、相変わらずネット関連のIPOは2倍、3倍となる人気ぶり。 <<IPO成功のポイント>>